ことし30年目の「平成」は災害による苦難の時代だったとも言える。地震、津波、豪雨などが、どれだけの人々を痛めつけただろう。
 過去から学び未来に生かすことは防災の原点だ。年初にその心構えを新たにしたい。東日本大震災は3月で丸7年。復興の道を歩みつつ、次の災害にも備えねばならない。
 北海道東部沖で、大津波を伴うマグニチュード(M)9級の超巨大地震の発生が「切迫している可能性が高い」との予測(長期評価)を政府の地震調査委員会が公表した。
 今回評価が固まったのは東日本大震災以降、津波堆積物調査の重要性が見直され、研究が進んだからだ。津波は東北にも及ぶのかが気になる。
 道東沖では、千島海溝沿いの震源域で340~380年間隔で巨大地震が起きている。直近は約400年前に発生。北海道大の研究では20メートル超の津波が道内の内陸部4キロまで浸水したという。
 その地震は1611年、津波が三陸沿岸を襲った慶長三陸地震と同一なのだろうか。
 北大の平川一臣名誉教授は「慶長三陸が最有力候補」とみる。影響が広範囲に及んだという考え方だ。予想される超巨大地震についても「震源域を千島海溝に限定せず、青森県沖などに広がる可能性を考えるべきだ」と指摘する。
 道東沖と青森県沖の震源域が連動、関与し得るとすれば将来の災害は全く違う様相を呈することになろう。
 北海道が連動を前提に行った浸水予測では、津波高は道東で最大30メートル超。青森県下北半島や岩手県沿岸にも及ぶ可能性があるという。
 下北に集中立地する原子力施設の防災対策、沿岸住民の避難計画にも影響を与えかねない。調査委は「青森県沖と連動する地震も想定できる」と可能性を認めながら「データがなく、評価ができない」と慎重に検討する姿勢だ。
 複数の震源域の連動を想定できず、結果的に甚大な被害につながった東日本大震災の教訓を生かしたい。可能性がわずかでもあるのなら三陸沿岸への影響に目をつぶることはできないのではないか。
 旧仙台藩領だけで約1800人が亡くなった慶長三陸地震もまた、400年前の千島海溝の地震との関連でしっかりと記憶されるべきだ。
 特別の意味がある地震だ。災禍から2年後、伊達政宗が派遣した「慶長遣欧使節団」。津波で疲弊した領国の復興を海外交易に求める意図があったという説もある。現在の復興を歩む人々の力の源泉にも通じている。
 地震・津波のメカニズムが解明され、切迫したリスクを知る意味は大きい。肝心なのはデータをどう読み取り、行動に生かせるかだろう。
 いつ、どんな規模の災害が起きても慌てることなく最悪を想定した備えをしておきたい。一人一人ができることは何も変わらない。