これほどまでに現実味を欠いた試算では、農林漁業者らが抱える不安は解消されるどころか、むしろ深まるばかりだ。そう言わざるを得ない。
 米国抜きの11カ国による環太平洋連携協定(TPP)と、欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)の発効に伴う農林水産分野の影響を巡る政府試算のことである。年末に公表された。
 関税の撤廃・引き下げで安い外国産が流入し国内生産額が減少しても、国内の生産量や農家所得は維持されるという。農業関係者ならずとも、にわかには信じ難いことだ。
 22日召集の通常国会で最初に審議が見込まれる本年度補正予算案には、この二つの通商協定発効に備えた農林水産分野の対策費3千億円余が盛り込まれている。
 昨年11月に閣僚間で大筋合意したとされるTPP11にしても、12月にEUと妥結したEPAにしても、政府が国会と国民に対し、その内容や交渉経緯について、十分に説明したとは言い難い。
 通常国会では政府による丁寧な説明とともに、両協定の中身、影響について掘り下げた与野党の論戦を求めたい。
 二つの協定で市場開放のしわ寄せが集中するのは言うまでもなく、農林水産物だ。
 政府試算は、一部品目では単価下落が避けられず、生産額の減少幅は最大でTPP11は牛肉や牛乳・乳製品を中心に約1500億円、EPAでは木材、豚肉を軸に約1100億円になると推計した。
 だが、国内生産量も食料自給率も維持されるという。
 そうなるのは、農林産物のコスト削減や高品質化、業態や施設の機械化・効率化を目指す安倍政権による国内対策の効果が、着実に表れることが前提となっているからだ。この想定は虫が良すぎる。
 輸入が増え国産の価格が下がれば、所得減分がある程度穴埋めされるとしても生産意欲は低下し、生産の縮小や時に廃業につながりかねないことは想像に難くない。国内生産量が維持されても輸入量が増えれば、その分、計算式の分母が膨らむため食料自給率が低下するのは自明の理だ。
 このように政府試算は手前勝手で、現実味に乏しいと言うほかない。「影響が出ないように対策を取るから影響はない」と言っているようなものだ。これでは、かえって農業者らの不信を招こう。
 そもそも、協定がある場合とない場合とでこれだけの差が出ると試算し「こんな影響があるから、こうした対策が必要だ」という手順で、確たる影響評価に基づき対策を考えるのが筋なのではないか。
 対策に充てられるのが税金であることを忘れることなく、そうした本来あるべき議論の筋道と姿を通常国会で取り戻さなければならない。
 そうしなければ、不利益を被りかねない農林漁業者はむろん、納税者ら広く国民から理解と納得を得られまい。