国内の生命科学分野の研究をリードする京都大iPS細胞研究所(京都市)で論文の不正が発覚した。
 責任著者の男性助教(36)が、論文の主張が有利になるように主要な図などを捏造(ねつぞう)、改ざんしていた。実験回数をごまかす虚偽記載も見つかった。断じて許されない行為だ。
 ノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥所長らが積み上げてきた再生医療の成果と信頼が揺らぎかねない。
 助教は「論文の見栄えを良くしたかった」と説明したという。研究所は不正防止のため実験ノートの提出を求めていたが、内容のチェックが甘かったことを認めている。
 そもそも専門性の高い最先端の研究は、当事者以外の確認作業は難しい。本人の倫理観だけに頼らないなら論文評価の手法を抜本的に見直さなければならないだろう。
 それ以前に、同僚や共著者同士のコミュニケーションを密にしていれば不正の芽は摘めたのではないか。他の論文に不正がなかったかも含め徹底した検証が必要だ。
 不正論文は、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使って作製したという「血液脳関門」という構造体に関する内容。アルツハイマー病の治療に役立つ可能性を指摘し、米科学誌にも掲載された。
 まさに、再生医療応用によって希望の未来を開く研究テーマだった。研究には一般からの寄付金の一部も使われていた。医学界や患者だけでなく、研究所を支援する一般の国民をも裏切った罪は重い。
 生命科学分野での不正は少なくない。2012年に東大の特任研究員がiPS細胞を臨床応用したと発表し、後に虚偽と分かった。14年には理化学研究所の研究員らによるSTAP細胞の論文も捏造があったと判定された。
 不正は、成果を性急に求められる故の競争意識が背景にあるのではないか。世界の再生医療市場は急速な拡大が見込まれ、技術の開拓に一歩も後れは取れない。そんな事情が個々の研究員へのプレッシャーになってはいまいか。
 不正をした助教は有期雇用の職員で任期は3月までだった。安定した役職を得るため結果を出したいという焦りも重なったのかもしれない。
 人々の命や健康のための真理の追究が研究本来の主眼であろう。その目的が外的圧力や組織の雇用環境によってゆがめられることがあってはならない。組織として襟を正し再発防止の道を探るべきだ。
 再生医療を成長戦略の一つと位置付けてこの分野に巨額の予算を投入してきた国は、関係経費の返還を求める意向。不正を許さないという厳しい姿勢は当然だろう。
 山中所長は「今は所長の職をしっかり果たしたい」と信頼回復に傾注する覚悟を示す。「患者に一日でも早く新しい治療法を提供する」という目標を達成するためにも再起に向け全力を挙げてほしい。