東京電力福島第1原発事故の風化もついにここまで来たか。誰もがそう感じたに違いない。埼玉県議会が原発再稼働を求める意見書を可決、提出した一件だ。
 地方議会が機関意思を表明することに異論はない。それでもなお、国民議論が生煮えの再稼働問題で真っ先に一方へとかじを切ったのが埼玉県議会であることには、驚きと落胆を禁じ得ない。
 原発被災者の多くが埼玉県の人々に感謝しているからこその率直な感想だ。
 事故直後から原発避難者を官民一体で支援してきたのが埼玉県だった。加須市には福島県双葉町の行政機能と住民が丸ごと身を寄せた。県内では今も福島から3300人が避難生活を送っている。
 手続きそのものに瑕疵(かし)はなかったとはいえ、議論は十分だったのだろうか。自民党系会派を中心に議員11人が意見書案を提出したのは、昨年12月の定例会最終日だった。即日採決が行われ、賛成多数で可決された。
 県民からすれば、住民排除の密室で意に沿わない決定がなされたに等しい。定例会が閉じてから初めて意見書可決の事実を知った人々が、連日のように抗議行動を続けているのが何よりの証拠だ。
 地方自治法は、地方公共団体の公益に関する事項について国会や関係行政庁への意見書提出を認めている。つまり地方自治に資するかどうかが意見書の眼目となる。
 法の趣旨に従えば、意見書はその内容も不可解だった。原発再稼働と同時に「避難のための道路や港湾の整備や避難計画の策定支援」を求めているからだ。事故に備えた港湾整備や避難計画策定は、少なくとも海も原発もない埼玉県には無関係の事項だろう。
 また意見書は、原発再稼働を求める理由に経済効率の向上を挙げた。経済効率こそが埼玉県にとっての「公益」であり、そのために他県は原発を再稼働すべきなのか。
 暮らしの便利を謳歌(おうか)するだけで、「コンセントの向こう側」で起きた過酷事故の現実や、原発立地自治体の苦悩を理解しようといない埼玉県議会の不見識を問いたい。
 意見書を取りまとめたという議員は、総合経済誌の取材に対して「そもそも(意見書を)提出してどうなるのかという疑問もある」と述べていた。自治体の議決機関として驚くべき自覚の欠如と言わざるを得ない。
 確かに関係行政庁に応答の義務はないのだが、一方で提出したら撤回できないのが地方議会の意見書だ。それ故、徹底した議論や世論の賛否が割れる事項では慎重な取り扱いが求められる。
 しかし今回は、意見書提出を端緒として県民の抗議行動が起こった。事の順序が逆であり、この混乱を埼玉県議会はどう収束させるつもりなのか。住民軽視、議論軽視の代償は、あまりにも大きい。