原子力損害賠償紛争解決センターは、東京電力福島第1原発事故の賠償を巡る東電と被災者の和解を仲介する公的機関だ。業務規定の第1条には「迅速かつ適正な解決を図る」と記されている。
 その最大の設立目的が大きく揺らぐ事態と言えるのではないだろうか。
 福島県浪江町の町民約1万5千人が集団で申し立てた和解仲介手続き(ADR)の結末だ。月額慰謝料を1人5万円を上乗せして15万円とする和解案を、東電が6度にわたって拒否したのを受け、センターは4月、ついに和解仲介手続きを打ち切った。
 原発事故から既に7年余、2013年5月の申し立てから5年が経過している。被災者は今後、個人で仲介手続きを申し立てるか、集団提訴に踏み切るかなどの判断を迫られる。「迅速」を目指した解決はさらに遠のき、長期化することが決定的となった。
 申し立ては、町が代理人となる異例の形で行われた。原発事故に伴い、長期にわたる全域避難を強いられた町民全員の救済を図るための方策だった。7割を超える町民が参加したのは、個人で申し立てることの負担がいかに大きいかの裏返しでもある。
 センターは生活再建の難しさなど「全員に共通して個別事情がある」と認定。こうした事情は「(国の賠償基準の)中間指針では考慮されていない」と判断した。
 和解案を拒否し続けた東電の対応は理解できない。「一人一人の個別事情に基づく審理を依頼していた」との主張は、和解案の趣旨を無視しているとしか言いようがない。「中間指針を超える一律賠償は何が何でも認めない」との態度が透けて見える。
 「不誠実な対応だ。加害者としての意識がひとかけらもない」という馬場有浪江町長の憤りはもっともだ。
 さらに重大なのはセンターが役割を放棄する形となった点だ。馬場町長は「スピーディーに解決する機関ではなかったのか。その設置目的は根底から覆された」と語った。
 原発事故被災地の実情を理解し、和解案の提示を続けたセンターの対応は評価されるべきだろう。だが、解決に至らず、かえって長期化してしまった現実も見過ごせない。
 申し立てた町民のうち846人が今年2月末までに亡くなっている。
 なぜ、迅速な救済ができなかったのか、改めて問い直すことが必要だ。原子力災害に対して、現状の和解制度のままでいいのかどうか、和解を妨げる中間指針を見直すべきかどうかなど、多くの検討課題が浮き彫りになった。
 内堀雅雄知事が「コメントは差し控える」と述べるなど、福島県も国も動こうとしないが、膨大な仲介手続きの一事例として片付けていい問題ではない。制度の限界や見直しの必要性を早急に議論することが求められている。