「住民参加型のまちづくり」。よく耳にするうたい文句だが、住民らの多様な思いをくみ取るのは容易ではない。ましてスピードが求められる復興まちづくりでは、なおさらだ。
 宮城県の女川町は2012年6月、復興まちづくりに広く町民の意見を反映させる「まちづくりワーキンググループ(WG)」を発足させた。推薦と公募で町民の約1%に当たる64人が参加。「観光・商業」「公共施設・街並み」などのテーマごとに6班に分かれ、3週間に1回ほど一堂に会して意見を交わした。

 震災から、わずか1年3カ月後に設立されたWG。復興はまだ青写真の段階で、具体的な内容は決まっていなかった。住民は踏み込んだ議論がしたいのに、町が提示できる情報は限定的だった。当時、事務局を担当した職員は「議論の材料が少なく、参加者にはもどかしい思いをさせてしまった」と言う。
 WGでは、激しい応酬が繰り広げられることもあった。「それだけ住民は真剣で、大変な熱気に満ちていた」。参加者の一人、鈴木成夫(69)が振り返る。
 住民らは先進地視察や専門家の講演などを通し、まちづくりの知見を深めていく。参加者同士、意見をぶつけ合うこともあった。公共施設の配置やまちづくり会社による商業エリアの運営など、実現の可能性が高い具体的な議論へと踏み込んでいく。
 <自分でできることは自分でやる>。13年3月にWGが発表した提言は、自助の精神の必要性を強調して締めくくられる。行政に頼りきりでは駄目だと、町民らの覚悟がにじむ提言でもあった。

 WGは13年度も継続し、提言内容の具現化に向け話し合いを重ねた。
 「くどける水辺のあるまち」。女川湾沿いに整備する観光交流エリアのコンセプトとして、WGが提案した文言だ。津波で多くを奪われた町民自らが、海を町の要と位置付けて共生することを望んだ。
 ライトアップによる海辺の演出、JR女川駅から海辺まで観光客を誘導する仕掛け…。WGは専門家とも意見交換を重ね、自ら描いた計画の実現を目指した。20年の完成を予定する観光交流エリアは、こうした方針を取り込む見通しだ。
 WGが作ったアクションプランには、ベンチや花壇のオーナー制度、イベントの情報発信など住民主体の取り組みが盛り込まれた。
 行政が復興まちづくりを主導し、後付けで住民の会合を開く自治体もある中、女川の復興過程は特異に映る。
 WGを単なる「ガス抜き」の場にしなかった行政。自らの手で町をつくる気概を示した住民。時にはぶつかりながらも、視線の先を同じに並走することは「住民参加」を具現化する歩みでもあった。(敬称略)