◎「誰かのために」気遣い忘れなかった妻/石川勝行さん(仙台市)から淳子さんへ

 石川淳子さん=当時(69)= 海岸から約2キロ離れた宮城県山元町山寺の自宅で夫の勝行さん(78)と暮らしていた。東日本大震災で大津波警報発令後、隣家の高齢男性を男性宅2階に避難させた後、自宅前で津波に遭った。15日後、遺体安置所でDNA鑑定により本人と確認された。

 勝行さん あの日、趣味の詩吟教室の指導で仙台市にいました。地震直後、「近所の様子を見てくる」と電話で声を聞いたのが最後でした。
 国道6号を自動車で南下し阿武隈川で津波に遭いました。流木に押され車ごと堤防に乗り上げ、車も私も奇跡的に無事でした。避難所の山元中央公民館に着いたのは午後11時。そこで近所の90代の男性が「手伝いに来てくれた奥さんにお茶を出し、引き留めてしまった。奥さんは自宅前で流され、俺だけ助かった。申し訳ない」と涙を流しました。
 捜しに行きたかった。でも私は町社会福祉協議会の役員。会社員時代、阪神大震災、新潟県中越地震の被災地で業務の復興に携わった経験もあり、町社協の対応に専念しました。
 淳子も私も北海道出身。仕事で全国を巡りました。1996年、山元町に落ち着いたきっかけは「一番暮らしやすい仙台近郊に」との淳子の一言でした。
 被災地へ私を快く送り出してくれました。「自分より誰かのために」。そういう妻でした。今までありがとう。思いを継ぎたくて、仙台に転居後も無事だった車で週3回、山元町に通い、お年寄りの買い物や通院の送迎をしてきました。
 私が使っていた詩吟の口伝用の覚書について、「本にしてみんなに使ってもらえばいいのに」と淳子が言っていたことを長男から聞き、すぐに製本しました。今は宮城県内の各教室で使われています。被災した生徒も詩吟で心情を吐露することで元気になっています。いつか淳子と暮らした山元町に帰りたいです。