震災はCSR(企業の社会的責任)に新たな視座をもたらした。主役は自らの社会的存在に覚醒した企業。地域や消費者との共存を探る姿があった。(「被災地と企業」取材班)

◎トモノミクス 被災地と企業[17]第3部 覚醒(4)まわす

 経済の妙だ。1万円はただ使えば1万円でしかない。回せば価値が大きくなる。そこに「恩」を絡ませたらどうなるか。
 「恩送りプロジェクト」。岩手県一関市の世嬉(せき)の一酒造が展開する東日本大震災からの復興支援の形だ。
 同社が2012年に発売した福香(ふくこう)ビールを買うと景品が付く。ソーセージ、サンマのつくだ煮、ワカメのしょうゆ漬け…。岩手、宮城両県の沿岸で被災した食品メーカーが製造した。
 恩送りの出発点は、福香ビールの購入者。同社は売り上げの一部を貯蓄する。たまると、被災企業から20万円分の商品を買う。宣伝効果で、客が気に入れば販売につながっていく。
 「現金を寄付して終わるより、商品を買い取れば仕事が生まれる。価値が2倍にも3倍にもなる」
 佐藤航(わたる)社長(45)が思い描くのは、継続できる復興支援だ。

 苦い記憶がある。福香ビールの発売当初、1本に付き100円を義援金として積み立てた。20万円がたまり、旧知の漁業者に手渡した。「ありがとう。でも、生活費になって終わりかな」。返ってきたのは思いもよらぬ言葉だった。
 漁業者が津波で失ったものは計り知れない。船から漁具に至るまで再起にかかる費用は膨大だ。「だからといって数百万円を寄付したら、うちがつぶれてしまう」。同じ20万円の価値を高められないか。着目したのが「循環経済」だった。
 お金を回す意義を、佐藤社長の父で会長の晄僖(こうき)さん(75)は30年前に気付かされた。
 「朝取った野菜を売れば喜んでもらえた上に、お金までもらえるんだもんね」
 産直で働く女性の言葉。もうかるのは小旅行の費用や孫への小遣い程度にすぎない。でも、元気になる人がいる。「そういう金が回れば地方は元気になる」と晄僖さんはかみしめた。
 終戦直後の一時期、世嬉の一酒造の敷地内に、作家の故井上ひさしさんが住んでいた。井上さんは講演などで強調していた。「恩は返すのではなく、誰かに送るものだ」と。

 恩送りプロジェクトの第4弾の景品は岩手県陸前高田市の木工・製麺業バンザイ・ファクトリーの「星影のパスタ」。断面が星型でソースが絡みやすく、ビールと相性がいい。
 毎月のように世嬉の一酒造から注文が入る。高橋和良社長(55)は「商品購入という具体的な支援なので実感が大きい。作り手の気持ちをくんでもらっている」と感謝する。
 プロジェクトの手応えはまだまだ。佐藤社長は「継続しかない。恩送りの輪を広げたい。大企業がまねてくれないかな」と笑う。
 恩は人々の心を潤し、巡り巡って返ってくる。大きなうねりになれば、無味乾燥に映る経済に人の顔が見えてくる。
          ◇         ◇         ◇
 企業の社会的責任(CSR)。21世紀、世界の企業に浸透し始めた概念だ。東日本大震災後、東北の被災地には無数の企業が足を踏み入れ、試行錯誤を重ねた。艱難(かんなん)の地へ、生活の糧を、癒やしを、希望を。企業を突き動かした衝動は何だったのだろう。あれから間もなく6年。CSRを足掛かりに、あの日に返って経済社会を展望する。見えてくる明日を、私たちは「トモノミクス」と呼ぶ。