当時はプロ入りできるとは思わず、大学進学を考えていたので、進学校を受験しました。福岡市の自宅から自転車で2分の距離にある第1志望の修猷館(しゅうゆうかん)に落ち、入学したのは、自転車で5分の西南学院。野球では1回戦負けが当たり前の無名校でした。
 入部直後に先輩から「捕手が足りないからやって」と頼まれ、3年間、ほぼ捕手一本。1、2年の夏の福岡大会は1回戦敗退でしたが3年は3回戦まで進み、学校としても27年ぶりの快挙で盛り上がりました。
 実は3年春に左足首を負傷しました。手術したら夏の大会に間に合わないと言われたので、手術せずにリハビリを続けたのですが、そのリハビリのおかげで足が速くなり、50メートル5秒台のタイムが出るようになりました。
 また、プレーできなかった4~6月の間に猛勉強して成績を上げて立大入学を決め、プロへの道が開けました。まさに、けがの功名ですね。