「一隅を照らす これすなわち国宝なり」。自らが置かれた場所で光りを放ち、社会を照らす。CSR(企業の社会的責任)の根底にある精神に通じる。地域経済を回し続ける企業の今を見詰める。(「被災地と企業」取材班)

◎トモノミクス 被災地と企業[27]第5部 一隅(4)まもる

 小さな売り買いが暮らしを潤す。顧客本意の商いを地道に、息長く。商店街の店主たちは腕一本で顔の見える消費者と共に生きる。
 岩手県山田町の保育園長、湊希(のぞみ)さん(44)は東日本大震災の津波で自宅と実家が被災した。家族の写真は大半が流失した。
 今、大切にしている写真がある。震災翌年の夏。小学校の水泳大会の場面だ。写るのは当時小学6年の長男慈弦(じげん)さん(16)。町唯一の写真店「写真屋KON」を営む昆尚人さん(42)が撮影し、当日会場に行けなかった希さんに贈った。
 「つらいことがあっても子どもの写真を見ると頑張ろうと思える」と希さん。
 昆さんの店は津波で全壊した。廃業が頭をよぎったころ、仕事が舞い込んだ。2011年4月、小学校の入学式だった。「町に写真店がないと困る」。客の声が背中を押した。
 営業を再開した場所は、簡素なテントが並ぶ仮設商店街。その後、被災した仲間とグループ化補助金を申請し、国道45号沿いにコンビニや生花店の計8店舗でつくる「新生やまだ商店街」を開設した。
 店には住民が撮った写真がよく持ち込まれる。震災後の1年は、がれきの山など暗い写真が多かった。翌年夏ごろから季節の花々や旅行など、色彩が豊かになってきた。昆さんも明るい表情を撮る機会が増えた。
 地元の写真屋として、住民の一番近くで復興を見つめてきた。「これからは再建された住宅で笑顔で並ぶ家族写真を撮りたい」。昆さんが晴れやかに話した。
 商店街には時計屋もある。町と住民が刻む時。それを支える職人がいる。
 時計や眼鏡の販売、修理をするサンセイ堂。「これ直りますか」「電池交換して」。愛用の時計を持ち込む客が次々と訪れる。
 「2、3日でできるよ」。時計職人の金沢信儀(のぶよし)さん(67)。開店から46年間、店を守ってきた。町に5軒ほどあった時計店は、サンセイ堂だけになった。
 津波で店は流失した。ぼうぜん自失の1カ月を経て、車に道具を積み込み、町内を回った。
 3月11日で止まったままの「時」にも向き合った。
 犠牲になった客の腕時計の修理を頼まれたことがある。文字盤のガラスが割れ、針は午後3時半ごろを指し、止まっていた。丁寧に直し、遺族に渡した。
 安価な時計や携帯電話の普及で経営は厳しい。それでも「町には時計を大切に使うお年寄りが多い。一人でも直してほしいお客さんがいる限り続けたい」と金沢さんは決意する。
 被災地で商店街が復活し始めた。大手資本の対極で商いの灯をともす。CSR(企業の社会的責任)の多様な概念に、地域との共生、そして持続がある。
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 企業の社会的責任(CSR)。21世紀、世界の企業に浸透し始めた概念だ。東日本大震災後、東北の被災地には無数の企業が足を踏み入れ、試行錯誤を重ねた。艱難(かんなん)の地へ、生活の糧を、癒やしを、希望を。企業を突き動かした衝動は何だったのだろう。あれから間もなく6年。CSRを足掛かりに、あの日に返って経済社会を展望する。見えてくる明日を、私たちは「トモノミクス」と呼ぶ。