太平洋戦争末期に岩手県釜石市を2度襲った艦砲射撃の犠牲者の再調査で、市は17日、犠牲者数を773とする調査結果を公表した。1976年に発行した市の「釜石艦砲戦災誌」の753から、新たに19人を犠牲者として本年度認定するなどして積み上げた。
 犠牲者数を1050とする民間調査結果と戦災誌に食い違いがあり、市は2009年度に再調査を本格化させた。東日本大震災による中断を経て15年度に再開。本年度は学識者と艦砲射撃体験者らでつくる委員会が、戦災誌に未掲載の297人を調査対象とした。
 昨年12月、犠牲者の可能性がある206人の名簿を初めて公表。43人分の情報が集まり、戸籍や書物と突き合わせて審査を進めた。
 委員会は17日、野田武則市長に報告書を提出した。市は引き続き情報提供を求めるとともに、17年度に戦災誌の改訂に取り組む。
 委員の一人で集団疎開先の遠野市で砲撃音を聞いた後藤フクさん(83)は「名簿公表の効果は大きかった。犠牲者のみ霊は、『自分が発見された』と安心しただろう」と話した。
 野田市長は「遺族が高齢化し、資料も散逸する中で、よく調べていただいた。改めて犠牲者の冥福を祈り、悲劇を繰り返さないよう社会に訴えていかなければならない」と述べた。