9日投開票の秋田県知事選は、現職の佐竹敬久氏(69)が33万5000を超す得票で3選を決めた。1997年の知事選以来、20年ぶりの激突として注目された前職の元参院議員寺田典城氏(76)と、共産党新人の元県議山内梅良氏(69)を大差で引き離した。佐竹氏が全25市町村で完勝した8年ぶりの選挙戦を検証する。(秋田県知事選取材班)

◎佐竹県政3期目へ(下)届かぬ批判

 秋田県知事選(9日投開票)を象徴する場面が潟上市であった。
 選挙戦中盤の3月30日午前8時半ごろ、市役所前でマイクを握った現職の佐竹敬久氏(69)の訴えに、100人を超す市職員らが聞き入った。

<聴衆わずか数人>
 その約30分後、市役所からそう遠くない距離にあるスーパー駐車場。「佐竹氏は議会と仲良くしているだけ。執行部は議会と切磋琢磨(せっさたくま)すべきだ」。演説で県政批判を正面から展開する前職寺田典城氏(76)の聴衆は数人しかいなかった。
 両氏の選挙手法は対照的だった。盤石な支持基盤を築いた佐竹氏の遊説先には地元の首長や県議らが顔をそろえた。一方、寺田氏は自らを「ドン・キホーテのようだ」と評したように孤独な戦いに終始した。
 結果は佐竹氏の約33万5000票に対し寺田氏は約12万3000票。横手市長2期、知事3期、参院議員1期を務め、無投票を含め選挙で負け知らずの寺田氏の完敗だった。
 寺田氏が立候補を表明したのは告示約1カ月前。佐竹県政を批判する民進党県連の候補擁立が行き詰まっていた時期だった。寺田氏自身、意中の人に立候補を打診したが断られた。2013年の前回知事選に続く無投票を阻止するには自分が出ざるを得なかった。
 寺田氏が政党と連携するとすれば、唯一可能性があったのは自主投票を選んだ民進党県連。だが、県連の足並みは最後までそろわなかった。
 所属国会議員2人のうち県連副代表の村岡敏英衆院議員(比例東北)は佐竹氏支持を打ち出した。一時は寺田氏と共に維新の党に在籍したが、村岡氏は「人口減少にはオール秋田で取り組む必要がある」と佐竹氏支持に回った理由を話す。

<政界引退を明言>
 結局、寺田氏を支援したのは県議や秋田市議ら個人レベルにとどまった。寺田氏は「自民、公明、社民各党と連合秋田までが現職を推している。これで勝てたら革命だ」と選挙戦序盤で早くも限界を口にした。それでも「立候補して良かった。競争のない選挙は議会もだらしなくなる」と意義を訴え続けた。
 9日午後8時すぎ、一部市町村の開票開始とほぼ同時刻にテレビが佐竹氏の当選確実を報じた。「圧倒的な組織力を前に、よく戦った」と寺田氏。「政治家としての役割は終えた。卒業させてほしい」と続け、支持者に政界引退を告げた。