在る光 板垣晴朗 著

 東日本大震災の被災地に、サッカーの力で希望を届けようと奮闘するJ1仙台の6年間を追った。著者はホームタウンと共に在り続けるクラブの歩みを克明に記し、街と人に寄り添う尊さを伝える。
 日本代表コーチの手倉森誠元監督=青森県五戸町出身=をはじめ、梁勇基、渡辺広大(現J2山口)、ウイルソン(現J1甲府)ら当時在籍した選手の証言を基に、これまでの戦いを振り返った。
 震災後の2011年3月28日。仙台市泉区のクラブハウスに、2週間以上離れていた選手、スタッフが集まった。「サッカーをしていていいのか」。戸惑い、葛藤、不安の色が入り交じっていた。サッカー選手の自分たちにできることは何か-。「被災地の『希望の光』になろう」。手倉森元監督の一言から、クラブの新たな挑戦が始まる。
 Jリーグが再開した4月23日アウェー川崎戦。仙台は試合終了間際に得点し、2-1で劇的な逆転勝利を収めた。使命感に突き動かされたイレブンは11年、過去最高の4位の成績を残す。翌年も快進撃は続き、大方の予想を覆して2位。クラブ史上初めて、ACL(アジア・チャンピオンズリーグ)出場を決めた。
 仙台の成績は13年以降、下降線をたどる。新戦術が機能せず、思うように勝利を積み重ねることができない。さらに、手倉森元監督や震災を知る多くの選手が仙台を離れていった。
 しかし、メンバーが入れ替わっても「被災地にタイトルを」との思いは変わらない。チームの全員が、ひたむきなプレーこそが見る者の心を動かすと理解している。歓喜を届けるその日まで、全力の挑戦は続く。
 著者は1974年山形市生まれ、仙台市育ちのフリーライター。04年からJリーグの取材を続けている。
 スクワッド(0120)674946=1728円。