◎あす盛岡地裁判決

 東日本大震災で、1次避難場所に指定されていない釜石市鵜住居(うのすまい)地区防災センターに逃げ込んで津波の犠牲になったのは、市が正しい避難場所の周知を怠ったためなどとして、亡くなった2人の遺族がそれぞれ、市に約9300万円と約9100万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が21日、盛岡地裁で言い渡される。
 主な争点は表1の通り。自治体を被告とした各地の津波訴訟(表2)と異なり、津波到達の予見可能性や震災時の対応以上に、センターは1次避難場所ではないと前もって伝える義務が市にあったかどうかが争われた。
 遺族側は、市主催の訓練や過去の地震でセンターが避難場所になっていた点を問題視。「住民の多くが津波発生時に逃げ込む場所と信じ込んでいた」と主張している。
 市側は、避難訓練の実施主体は住民組織だったと説明。鵜住(うのすみ)神社と常楽寺裏山を正しい1次避難場所だと知らせていたとして「避難場所でないことを、いちいち周知するのは自治体に過度の負担を強いる」と請求の棄却を求めている。
 野田武則釜石市長は2012年3月、「センターを避難場所とした地域の避難訓練を認めるべきでなかった」と遺族側に謝罪。市や遺族代表、学識有識者でつくる調査委員会も14年3月に「事態回避は可能で、市の責任は重い」とする最終報告書をまとめた。
 原告は、犠牲になった女性=当時(71)=の長男と娘2人、センターに隣接する市立幼稚園の臨時職員だった女性=同(31)=の両親と夫。臨時職員の遺族は、幼稚園が過去の訓練でも本来の1次避難場所に避難させていなかったなどとして、震災で死亡した園長=同(56)=の安全配慮義務違反も併せて訴えている。

[釜石市鵜住居地区防災センター]2010年2月開所。鉄筋コンクリート2階。公民館機能のほか消防出張所や防災備蓄倉庫を備え、災害発生時に中長期の避難生活を続ける拠点避難所に位置付けられていた。市と遺族団体の共同調査は、震災で196人が逃げ込み、うち162人が犠牲になったと推計。14年2月に解体された。