天皇陛下の退位を実現する特例法が9日、成立した。即位以来、象徴として新時代の皇室の在り方を体現してこられた陛下。膝を折って被災者に寄り添い、戦没者を慰霊して平和を願う姿が人々との距離を縮めた。東日本大震災の被災地では両陛下の励ましを受けた被災者から、感謝といたわりの声が上がった。「あの時の言葉が心の支え」「復興した街に、今度はゆっくりおいでください」。高齢にもかかわらず、精力的に各地に足を運んだ両陛下の姿は公務の域を越え、人々の胸に深く刻まれている。

◎生きる気力取り戻した/宮城県南三陸町・主婦 千葉みよ子さん(70)

 「良かった」。宮城県南三陸町歌津の主婦千葉みよ子さん(70)は、法案が可決した国会中継を、再建した自宅のテレビの前で静かに見守り、安堵(あんど)した。
 陛下は11年4月27日、同町歌津中の避難所を訪れた。津波で千葉さんの三女の義父母が亡くなり、三女の夫と、孫ゆうちゃん=当時(3)=が行方不明に。2人を捜し歩く日々に疲れ果て、生きる気力をなくしていた時期だった。
 膝をついて同じ目線で言葉を掛けてくれた陛下。ゆうちゃんの写真を眺めて、「見つかるといいですね」「お体に気を付けて」と何度も気遣ってくれた。「生きる光を見つけた」と千葉さんは思い起こす。
 災害のたび、皇后さまとともに被災地に足を運ぶ姿を見て、「陛下であり続けるのは大変。退位も必要だ」と感じていた。「復興した町を見ていただきたい。それが今の夢」と言う。

◎献上桃の栽培生きがい/福島県桑折町・農家 南祐宏さん(41)

 福島県桑折町は、皇室に贈るモモを栽培する「献上桃の郷(さと)」として知られる。地元農家の南祐宏さん(41)は「本当にお疲れさまでした」と感謝する。
 東京電力福島第1原発事故後、両陛下と2度、言葉を交わした。最初は13年7月、福島市のホテルでの懇談。原発事故の風評による苦境の真っただ中だったが、「陛下は用意したモモを全て食べてくださった」。励ましは素直に「うれしかった」と振り返る。
 2度目は15年7月、桑折町のモモ畑を視察した時だ。雨の中、屋根のある場所から傘を差して木に近寄り、「収穫はいつ頃ですか」と尋ねられた。寄り添う思いの深さを感じた。
 桑折町産モモの価格は原発事故後、4分の1に下がった時期もある。「つらくてもやりがいを持てた」と南さん。献上桃を栽培する誇り。再起へのよりどころは、変わることはない。

◎再起した姿見てほしい/岩手県大槌町・「三陸花ホテルはまぎく」社長 千代川茂さん(63)

 「天皇陛下には退位後も無理のない範囲で被災地を訪れていただきたい」。岩手県大槌町の「三陸花ホテルはまぎく」社長の千代川茂さん(63)が期待する。
 ホテルには昨年9月、天皇、皇后両陛下が宿泊。1997年にも滞在し、近くの岩場に自生するハマギクを鑑賞したゆかりの地だ。当時の社長は、震災の津波で亡くなった千代川さんの兄=当時(64)=だった。
 震災後の2011年10月に宮内庁が公開した写真。かつて兄が贈り、御所で育てられていたハマギクを両陛下が眺めていた。
 ハマギクの花言葉は「逆境に立ち向かう」。千代川さんは強く励まされ、13年8月に営業を再開した。
 再訪した陛下には「5年後もお待ちしております」と語り掛けた。「震災から10年。復興した被災地と一生懸命立ち上がった被災者の姿を見てほしい」と願う。