◎佐藤安紀会長に聞く/東北けん引役 仙台に期待

 北日本銀行(盛岡市)の代表取締役会長に6月、18年間頭取を務めた佐藤安紀氏が就任した。1994年にあった徳陽シティ銀行(仙台市)、殖産銀行(山形市)との3行合併破談を当時、仙台支店長としてどう受け止めていたのか。金融業界再編の動きなどを聞いた。
(聞き手は盛岡総局・中村紳哉)
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 -金融再編が珍しくなくなった時代に頭取として単独経営を貫いてきた。
 「頭取就任の前年に北海道拓殖銀行が倒産するなど厳しい環境でのスタートだった。1年目の決算は創業以来初となる約80億円の赤字。健康体に戻すことを最重要課題に事業性評価や担保の査定を厳しくし、貸付先の審査を徹底した」
 「査定を厳格にする一方、担保や保証に依存せず、経営者を見て将来があると判断した場合は積極的に融資した。住宅や個人のローン営業も強化し、就任から7年ほどで不良債権680億円を処理できた。今後は有価証券の運用も収益の柱にしたい」

 -3行合併構想の白紙撤回をどう振り返るか。
 「合併は金融の安定維持を図る当時の大蔵省の意向が大きかった。徳陽シティ銀の不良債権が実際には1300億円になるという話があり、そうなると合併後に債務超過に陥ってしまう。『ちょっとおかしい。(大蔵省は)焦っているのではないか』と危惧する関係者もいて、慎重に情報を収集した」
 「白紙撤回になった最大の要因はお客さまの声だった。北日本銀の取引先は製造業や小売業、病院が多く、飲食店や娯楽業、不動産主体の徳陽シティ銀とはタイプが異なっていた」
 「仙台の取引先から『合併するなら付き合いをやめる』との声が上がり、岩手県内にも広がった。従業員組合も反対の意思を明確にした。合併したら全てのお客さまを失うことになりかねなかった」

 -全国では今も経営統合の動きが活発だ。
 「そもそも対等合併はあり得ない。主導権をどちらが取るかはっきりしていなかったら、しっかりとした銀行経営はできない。北日本銀に入ってもらうという形の吸収合併なら考えられる」

 -東北経済の将来性をどうみているか。
 「何を視点に考えるかが大事だ。人間らしい生活ができる点で東北の潜在力は高い。東京で年収が1000万円あっても神経を摩耗して暮らすなら、年収600万円の盛岡で仕事をし、精神的にも経済的にも多少の余裕がある中で文化的な生活を送る方がいいのではないか」
 「仙台は北日本銀にとっても重要な取引先。地方色がある商業都市として、今後も磨きをかけながら東北経済を引っ張ってほしい」

◎94年、一度は合意

[3行合併破談]岩手、宮城、山形の各県をそれぞれ経営基盤とする北日本、徳陽シティ、殖産の3行は1994年4月、合併合意を発表。第二地銀再編の先駆けと注目されたが、2カ月後の94年6月に北銀が合意を撤回し破談。徳陽シティ銀は97年11月に経営破綻し、仙台銀行などに営業譲渡した。殖産銀は2007年5月に山形しあわせ銀行と合併し、きらやか銀行が誕生。仙台銀ときらやか銀は12年に経営統合し、持ち株会社じもとホールディングスを設立した。