東京電力福島第1原発事故を巡り、国と東電に空間放射線量の原状回復などを求めた被災者集団訴訟は10日、福島地裁で判決が言い渡される。提訴から4年7カ月。原告3824人は避難に関する自責の念や風評被害と闘いながら国、東電の責任を追及してきた。(福島総局・柴崎吉敬)
 自らの選択は正しかったのかどうか。二本松市の服部浩幸さん(48)は「子どもだけでも避難させるべきだったのではないか」との思いを拭えずにいる。
 同市東和地区で従業員10人余りのスーパーを経営する。東京の大学を卒業後に会社勤めを経て30歳でUターン。父から引き継いだ。
 大型店に太刀打ちしようともがく一方、地域の豊かさを実感。山菜などの恵みと、お客さんとのつながりは古里ならではだった。
 2011年3月の東日本大震災発生後は、地域住民のために棚が空になるまで営業した。「原発事故を気にする暇はなかった」
 原告に加わったのは13年6月。1カ月前に市の事業でウクライナを視察した。チェルノブイリ原発事故から27年。内部被ばくして検査を続ける人たちや、賠償を十分に受けていない被災者に会った。「福島でも声を上げなければ被害が埋もれてしまう」と決断した。
 福島県が行っている甲状腺がん検査で昨年、3人のわが子のうち2人に嚢胞(のうほう)が見つかり、経過観察と診断された。原発事故との因果関係は不明だが、将来不安とともに避難させなかったことへの後悔が膨らんだ。
 「平凡に誠実に商売を続け、地域の人たちと自然の恵みに囲まれて老いたかった。ささやかな幸せを夢見る権利さえ奪われた」
 訴訟が結審した今年3月、こう意見陳述した服部さんは「勇気と正義にのっとった判決」に期待する。
 福島市飯坂町の果樹農家畑雄一さん(49)は風評被害と向き合ってきた。原発事故後、贈答用のモモやリンゴは値崩れした。
 「危ないものを送ってくるな」。取引先の直売所に寄せられた消費者からの電話は、産地のプライドをずたずたにした。
 約500本の果樹は全て洗浄し、放射性物質も厳重に検査する。「安全だと分かってもらうには必要。でも、原発事故さえなければ」と常に思う。価格は今も事故前水準に戻らない。
 「東電だけではない。原子力事業を進めてきた国にも重大な監督責任がある。福島の被害者として声を上げなければならない」。事故を二度と繰り返さないため、責任の明確化が必要だと確信する。