太平洋セメント(東京)の福田修二社長は、大船渡工場の操業80年を機に大船渡市内で河北新報社の取材に応じた。国内のセメント需要が減少する中、海外での事業展開を強化しつつ、国内は廃棄物処理など地元貢献に活路を見いだす戦略を示した。(聞き手は大船渡支局・坂井直人)

 -東日本大震災で大船渡工場も被災した。
 「建設準備中だった昭和三陸津波(1933年)、60年のチリ地震津波と計3回、津波災害に見舞われながら復興を果たした。窯業は鉱山を開き、石灰石を掘り、セメントを作り、港から運ぶという地元密着の仕事だ」

 -大船渡工場は震災後、災害廃棄物約100万トンを自社で焼却処理して発生した灰なども原料にして復旧、復興に必要なセメントを生産してきた。
 「がれき処理の過程で生成したセメントは塩分が多く、鉄筋を腐食させてしまう。製品として出荷するには除塩が一番大変で、研究を積み重ねた。震災からの復旧、復興に役立てたことは大きな誇りになった」
 「大分工場も熊本地震のがれきを処理しており、災害復旧に役立つ産業であると証明できた。災害の多い日本で復旧に必要なセメントを全て国内から調達できる意味は大きい」

 -一方でセメントの国内需要は減少している。
 「2020年の東京五輪・パラリンピックなどで多少上向いているが、1990年から二十数年で需要は半減した。環太平洋エリアを見据えた事業展開がベースになっていく」

 -国内工場の活路は。
 「大船渡工場ではバイオマス発電所の建設が始まった。10月には岩手県、大船渡市と循環型地域社会形成協定を締結した」
 「焼却灰、下水汚泥など生活系廃棄物の処理を進めている。地域の困り事に携わりたい。われわれは縁の下の力持ち。地域に役立つことが事業継続の原動力になるはずだ」