◎山崎真さん(岩手県大槌町)から千晶さん、静子さんへ

 真さん 2008年に兄が他界し、高校1年だった千晶との同居が始まりました。気の利いた言葉は言えなくても、父を亡くした不安を和らげてあげたいと思っていました。寝ていて突然泣き出し、手を握ってあげたこともあります。
 たわいない会話をしたり、「仕入れ」と称してスーパーへ一緒にお菓子を買いに行ったり。優しくてめんこい(かわいい)子でした。バレンタインデーの夜、部屋に「ありがとう」と書かれたカードとチョコが置いてあり、涙とともに味わいました。
 東京の服飾専門学校に進む予定でした。入学手続きを終え、千晶の姉も交えて家族で鍋を囲んだときのことです。急に改まって「今まで育ててくれてありがとう」って。みんなで泣きました。胸がいっぱいになる思い出です。
 おっかあは家族を大切にする人でした。早起きして朝食を作り、夜遅くまで私の帰宅を待っていました。車の音を聞いてからみそ汁を温めてくれるんです。先に寝てていいと、何度言っても聞きませんでした。
 千晶の帰りが遅かったときは、電話するよう促されました。干渉し過ぎて嫌われたくないと迷っていた私に、保護者としてやるべきことを教えてくれました。
 千晶、そっちで元気にしてっか。生きていればどんな未来が待ってたんだべな。おっかあ、大切に育ててくれて感謝しています。行方不明なので早く見つけてあげたい。3人でこたつに入っていた風景は、本当に幸せだったと思います。

◎服飾の夢目指していためい、家族思いの母

 山崎千晶さん=当時(18)=、静子さん=同(77)= 千晶さんの叔父で静子さんの次男、真さん(47)と3人で岩手県大槌町本町の自宅で暮らしていた。高校を卒業し進学を控えていた千晶さんは東日本大震災の地震の後、静子さんとしばらく自宅にとどまり、2人とも津波にのまれたとみられる。