岩手県陸前高田市で60年以上続くつばき油販売の「石川製油」が、東日本大震災から6年8カ月ぶりに製造を再開した。津波で工場は流失し、後継者の長男が死亡。失意のどん底で一度は廃業を決めた。「気仙地方の伝統を絶やさないで」。励まし続けた人たちの支えで、看板商品「気仙椿(つばき)」は今冬、復活した。
 石川秀一さん(69)と妻春枝さん(68)が再建したプレハブの工場で11月上旬、搾油機からあめ色の輝きが滴り落ちた。
 「出来栄えは最高だ」。最初の製品は仏壇に供えた。長男政英さん=当時(37)=の遺影が「頑張れ」と語り掛けているようだった。
 石川製油は1955年創業。高品質のつばき油は「料理に風味が出る」と評判で、整髪剤や金物のさび止めにも重宝された。
 政英さんは跡を継ぐため仕事を辞め、熱心に技術を習得していた。震災が起きたのは、将来を見据えて搾油機を更新して間もないころだった。「後は頼む」。そう告げて消防団のはんてんを着て自宅を飛び出し、津波の犠牲になった。
 石川さんは「何もかもが終わりだ」とすぐに廃業を決めた。流された工場の看板を見つけて届けてくれた知人には処分を頼んだ。
 土地のあちらこちらにツバキが植えられている気仙地方。つばき油製造は伝統だ。
 石川さんの元には昔なじみの顧客から製造再開を望む声が寄せられ、福祉施設からは技術指導の依頼が舞い込んだ。小学6年の孫が手伝ってくれた。一生懸命な姿を見て、気持ちが動いた。
 知人は見つけた看板を処分せずに保管してくれていた。その看板を再び掲げた。
 津波や復興工事で多くのツバキがなくなり、原料の実を持ち込んでくれていた顧客も今は散り散りに暮らす。所在が分かる顧客を訪ねたり、自分で拾い集めたりした。
 「後は頼む」。あの日、政英さんは確かにそう言い残した。石川さん夫妻は「看板に恥じないよう、誇りを持ってつばき油を届けたい」と誓う。
 連絡先は石川製油090(4310)1290。