◎幸せのかたち~一関市 美容室経営 菅原由香子さん

 「アバッセに行くとさ、何人もの知り合いに会って買い物がはかどらないの」
 「それそれ。『高田あるある』だね」
 陸前高田市に今春開業した新商業施設の話題で会話が弾む一関市東五代の美容室「Mint(ミント)」。陸前高田市出身の美容師菅原由香子さん(50)が、幼なじみの髪をカットしていた。
 JR陸前高田駅近くで10年間営んでいた美容室は跡形もない。移住した一関市で店を再建し、5年がたった。「(経営は)今年やっと一息つけたかな。人のつながりに助けられた」
 「逃げろー」。防災無線の絶叫を背に、寝たきりの祖父や両親と死に物狂いで高台を目指したあの日。大津波は自宅も店も全てを押し流したが、家族9人は無事だった。
 陸前高田市の仮設住宅と一関市内の親戚宅へ分散避難を4カ月続けた後、一関市に一戸建てを見つけて移住することになった。

 「うちの土地、使っていいから。またやって」と申し出る常連客の声に後ろ髪を引かれながら古里を離れた。2011年8月のことだった。
 シングルマザーでもある。家族のために働かなければならない。勤めに出ようとした矢先、美容専門学校時代の旧友が助言してくれた。
 「陸前高田から避難してきた人たちが集まれる店をつくったら?」
 これなら古里とつながっていられる。自宅敷地に12年5月、5坪、2席の小さな美容室を構えた。
 最初の3年はパン屋やケーキ屋に間違われることもあった。避難者や近所の人たちが顔を出すようになり、少しずつ固定客を増やしていった。
 震災で家族を亡くした客は、鏡越しに素直に思いを吐露した。「大丈夫。(大切な人は)きっとそばにいるよ」。一緒に泣いた。

 昔なじみが何人も陸前高田市から足を運ぶようになった今年、菅原さんは古里に戻ることを真剣に考えた。しかし、新たな出店費用は工面できそうもない。市役所に仮設店舗への入居を相談したが、その時期は既に過ぎていた。
 年が改まる。古里への思いに区切りをつける時かもしれない。もちろん古里の移り変わりを見詰め続けることはやめないし、気持ちが離れることも絶対にない。
 今は復興が進む街に再生するおいしい店や名物を、一関の人たちに紹介することも大切な役割だと思っている。「『勝手に親善大使』のつもり。震災で開いた心の穴は埋められないけど、ここには私を必要としてくれる人がいる」
(一関支局・浅井哲朗)

●私の復興度・・・80%
 お客さんが増えて仕事は順調。もし、知り合いが多くいる古里で美容室を再開したら、ここまで人のありがたみを感じることはできなかったかもしれない。お金はなくても夢はある若い世代がチャンスを得られるような陸前高田市へと復興してほしい。