「地元の人に頼られる『まちの車屋さん』をいつか古里で開きたい」。東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示が昨年3月末、一部を除き解除された福島県飯舘村。新成人の細杉利征さん(20)は自動車整備士の道を歩む。
 原発事故を受けて家族9人と共に村を離れ、県内を転々とした。「妹を不安にさせないよう平静を装っていたけど、これからどうなるか不安でいっぱいだった」。高校生になって両親が伊達市の中古住宅を購入し、生活に落ち着きが出た。
 兄の影響で小学生の頃から車に興味を持つように。避難生活中も自動車雑誌をよく読んだ。会員制交流サイト(SNS)で、津波被災地の草むらに放置された車に目が留まった。ぼろぼろになった車でも持ち主の思い入れがあるなら直したい-。自動車整備士を目指すことを決めた。
 原発事故は大切な古里を傷つけた。一方で「避難したから人生の選択肢が増えた」とも思う。高校時代は福島市の自動車用品店でアルバイトをした。伊達市に移り住んだから、仙台市の専門学校に通学できた。
 「いろんな年代、職種の人と話して交流の幅が広がった。関わる人の数が増え、多様な見方があることを学んだ」
 村の居住者は昨年12月1日現在、579人。帰還率は人口5906の9.8%にとどまる。自分も当面、村には戻らない。3月の国家試験に合格すれば福島市で就職先を探すつもりだ。
 「村で再開した自動車整備工場の経営者は、ほとんどが年配。生活環境が整い、村に戻れる日が来たら若い世代で整備工場を造る」