「ようこそ、いらっしゃいました。どうぞ、足を崩してください」
 大相撲初場所を控えた10日、小結阿武咲を取材するために部屋を訪ねた記者を、阿武松親方(元関脇益荒雄)が歓迎してくれた。見学者用の座布団は楽な姿勢が取れるよう、さりげなく後部を高くしてあった。
 親方は横綱千代の富士(故人)になぞらえ、白いウルフの異名を取った。1987年春場所、本家ウルフを含む2横綱4大関を破って旋風を巻き起こした。
 記者を迎えてくれた温和な表情は、稽古に視線を移すとがらりと変わった。部屋頭の阿武咲に「何やってんだ。(力を)全部出せ」と雷を落とす。稽古の間は一切表情を崩さない。
 昨年5月にあった阿武咲の新入幕会見。「弟子に私の番付を抜いてもらうのが一番の喜び」と語っていた。幕内を生き抜くこつは「稽古場での継続した努力に尽きる」。
 差し身の鋭い取り口で一世を風靡(ふうび)したが、けがに泣かされ大関とりはならなかった。21歳の阿武咲に懸ける気持ちが、視線から伝わってきた。(剣持雄治)