平昌冬季五輪で2大会連続のメダル獲得が有力視されるスノーボード男子ハーフパイプ(HP)の平野歩夢選手(19)=木下グループ=は4歳ごろから、新潟県村上市の自宅から山形県小国町の横根スキー場に通って技を磨いた。同スキー場のHP責任者高橋恒行(つねゆき)さん(66)は平野選手の歩みとともに、試行錯誤を重ねながらコース整備の技術を高めてきた。平昌で躍動する平野選手の姿に、高橋さんが心を躍らせている。

 「まだおむつをしていてねぇ。お兄ちゃんを慕ってた。とにかく運動神経がよくて、あれよあれよという間に上達していった」
 高橋さんは、3歳上の兄英樹さんと一緒に横根スキー場に通い始めた平野選手を鮮明に覚えている。
 初・中級者向けのゲレンデが主体の横根スキー場にHPコースが常設されたのは1991年1月。全国でもまだ本格的なコースは珍しかった。
 当時、整備を担当していたのは高橋さんの兄。自身はスキー場勤務の傍らスキーのスポーツ少年団を指導しており、まだマナーの悪さも目立っていたスノーボーダーたちが、どうも好きになれなかったという。
 ところが、その兄が突然体調を崩し、高橋さんにHP整備の仕事が回ってきた。日本のメダルラッシュに沸いた長野冬季五輪から1年後の99年のことだ。
 作業に必要な重機を動かせる従業員が他にいなかったためで、技術的な知識はほとんどなかった。各方面から情報を集め、手探りでコース造りを始めた。滑らかな曲面に仕上げようと、ショベルカーのバケットの形状や先端の爪の角度を細かく指定して特注したこともあった。
 「歩夢はやがて世界を転戦するトップ選手になっていった。歩夢に合ったコース作りを常に心掛け、アドバイスを受けながら、レベルの高いものを目指してきた」と高橋さん。
 HPの壁面はコンクリート仕様。長さ100メートル、幅15メートルで、両サイドの高さは約4メートル、傾斜は16度。現在国内にあるHPでは平均的なサイズだが、高橋さんの技術は選手の間では有名で、多くのスノーボーダーから「恒さん」と呼ばれ、親しまれている。
 高橋さんは「歩夢は幼い頃から人一倍、練習熱心だった。ここまで成長したのは驚きだけど、そのくらい頑張っていた。今回は金メダルも夢じゃない」と期待する。
 横根スキー場前にある道の駅「白い森おぐに」では13、14日、平野選手を応援するパブリックビューイングが行われる。高橋さんも大きな声援を送るつもりだ。