「これより高い処(ところ)へ逃げよ」。大船渡市魚市場からほど近い路傍の津波碑が、静かに東日本大震災の教訓を伝えている。人生で4度の津波を経験した松井貞昭さん(85)=大船渡市大船渡町=が震災発生から間もない頃に建立した。「津波で犠牲者が出るのはもうたくさん」。そう語り、月命日の献花を続ける。

 「3.11」、激しい揺れが松井さんの中で子どもの頃の体験と重なった。「大津波が来る」。経営する燃料小売会社の事務所から飛び出し、高台へ逃げた。
 三重県の海辺で育った松井さんは、12歳で東南海地震(1944年)の津波に遭った。自宅が流失し、家族離れ離れの避難生活を送ったという。14歳で遭遇した昭和南海地震(46年)の津波で、再建したばかりの自宅が浸水した。
 仕事で縁のできた大船渡市で起業したが、28歳の時にチリ地震津波(60年)に見舞われた。潮位の変化に津波襲来を直感し、家族を伴って一目散に逃げた。
 4度の津波で自宅や事務所の被災を繰り返し、そのたびに再起してきた松井さん。一方で友達や知人、親類が何人も犠牲になり、つらさや悲しみを重ねてきた。
 「石段1段でもより高い場所に逃げれば助かる。後世の人に津波で命を落としてほしくない」。そんな願いを込めて松井さんは今月も月命日に合わせ、津波碑に花を手向けた。