◎復興第一自らの使命/菅原茂さん

 東日本大震災直後、市長室の壁に「百折不撓(ひゃくせつふとう)」と書いた紙を張った。何度倒れても、めげずに挑む。未曽有の大災害からの再生に挑み続けてきたトップが、自らを奮い立たせるための言葉だ。
 就任から1年足らずで震災が起きた。津波で自宅は流された。「復興への取り組みが自分の人生そのものになった」と言い切る。
 第一に「復興完遂」を掲げた。国の「復興・創生期間」は2020年度に終わる。「着手にめどが付いた事業は国に復興事業として認めてもらう。政治の力が必要だ」と強調。国と妥協せずに向き合う覚悟だ。
 市魚市場の水揚げは減少し、主力の水産業にかつての勢いはない。「全国屈指の受け入れ態勢がある。さらに進化させれば漁港間の競争に勝てる」と訴える。
 仕事に懸ける情熱は人一倍強い。「30分休めばリフレッシュできる」とのタフさは、がむしゃらに働いた商社時代に身に付けた。
 同市浜見山にある築約70年の公舎で妻りえさん(60)と2人暮らし。夫婦水入らずの晩酌が一番の気分転換だ。缶ビール1本を2人で分け、りえさんが選ぶ1000円以下の白ワインを飲むのが菅原家のルール。

 [すがわら・しげる] 1958年1月28日、宮城県気仙沼市生まれ。東京水産大卒。商社勤務、水産会社経営を経て、2009年から小野寺五典衆院議員公設秘書。10年の市長選で初当選。


◎復興遅れ事業を検証/斉藤巳寿也さん

 2019年の県議選に向けて昨年1月からあいさつ回りを始めると、現市政に対する批判の声が予想以上に強いことに驚いた。
 「気仙沼を変えなければならない」。周囲から次々に寄せられる出馬要請と古里を憂う気持ちが、市長選出馬へと踏み出させた。
 区画整理事業や道路工事など市内各地で復興事業が遅れる現状に危機感を募らせる。2020年度に終わる国の「復興・創生期間」を見据え、「復興の遅れに不満を感じる市民は多い。事業を検証し、新たな工程表を作る」と持論を説く。
 市長報酬50%削減も公約の一つだ。「行財政改革に取り組む姿勢を自ら示したい」と狙いを話す。
 政治との最初の関わりは3歳。市議会議長を4年間務めた祖父の故斉(ひとし)さんの選挙カーに乗った記憶が鮮明に残っている。20代の頃、斉さんから「いつか気仙沼のために経験を生かしてほしい」と頼まれたことを忘れない。
 「人生一度きり。古里のために政治家になる」。25年の県庁勤めに見切りを付けられたのは「祖父の影響があったのかも」と語る。
 同市赤岩舘森の自宅で母(80)と2人暮らし。日課はウオーキング。酒は40歳の時にやめた。

 [さいとう・みつや] 1965年2月17日、気仙沼市生まれ。山形大卒。90年県庁入りし商工観光、土木など担当。2015年3月に退職して行政書士。同年の県議選に立候補し、落選。

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