東北や北海道で52人が犠牲になった「十勝沖地震から50年となる16日、大きな被害があった青森県内で慰霊式が開かれた。出席した遺族や生徒らは犠牲者の冥福を祈り、地震の記憶を後世に引き継ぐことを誓った。

 旧名川町(現南部町)の剣吉中では、生徒4人と卒業生2人が亡くなった。統合後に地震の記憶を受け継ぐ南部町名川中は、町民ホール「楽楽(らら)ホール」で、全校生徒164人や遺族らが参加して慰霊祭を開いた。
 黙とうに続き生徒代表が、亡くなった4人の生徒の写真に向けて献花。地震発生時の写真やニュース映像などを見て被害の様子を学んだ。
 地震発生当時、剣吉中教諭だった八戸市の青木功さん(75)が講演。授業中の生徒を避難させようとしたところ、先に避難した別の生徒が土砂崩れに巻き込まれて流されたという。
 「救助に向かったが、残念ながら、体全体が流された生徒は助けることができなかった」と悔やみ、「亡くなった先輩の思いを感じながら頑張ってほしい」と呼び掛けた。
 生徒を代表して3年の鈴木胡夏さんは、亡くなった6人の名前を読み上げて冥福を祈り、「当時の惨劇を風化させることなく、私たちの次の世代に伝えていく」と誓いの言葉を述べた。
 剣吉中と統合後の名川中は地震後に毎年、慰霊祭を開催。ホールでの式典に先立ち、剣吉中跡地に建てられた地震観音の前でも慰霊祭があった。
 当時生徒会長だった同町の川守田敏美さん(64)は、今年が50年の節目に当たることから、初の参加を決断。「後輩たちが引き継いでよくやってくれている。思い出したくはないが、自分たちにできることはやっていきたい」と語った。

[十勝沖地震]1968年5月16日午前9時49分発生。震源は青森県東方沖で、地震の規模はマグニチュード(M)7.9。東北では青森、むつ、八戸、盛岡の4市で震度5(当時)を観測した。青森県のまとめによると、全犠牲者52人のうち県内だけで48人。前日まで雨が続いた影響で、県南地方を中心に山崩れや地滑りが多発し、被害が拡大した。太平洋沿岸では津波も発生し、岩手県の大槌湾では5.7メートルに達した。