時間がたつことで改めて気付かされたことがある。主に東日本大震災の月命日に本紙朝刊で掲載する「私の復興 幸せのかたち」。登場した人が数字などで表現する「復興度」に最近、小さな変化を感じた。
 今月11日に登場した女性の復興度は「70%」。原発事故をバネに将来の目標を掲げる一方、古里の南相馬市へ戻れず、「残りの30%はこの先も埋まらないかもしれない」と言う。
 「50%」とした1月11日の新成人の女性は、母親が行方不明のまま。徐々に心の整理が付いてきた半面、「お母さんが見つからなければ、復興度は上がらないと思う」と明かした。
 あの日の喪失感は、決して癒えることはない。むしろ、震災から7年の時の経過によって、取り戻せない現実が、よりリアルさを増しているかのようだ。
 壊れた物は直せば100%元に戻すことは可能だろう。古里や最愛の人を失った心の穴を完全に埋めることはできない。復興度を上げる限界を自覚せざるを得ない時期なのか。
 「心の復興」とは何か。どう取り組めば良いのか。復興度の変化を注視し、考えたい。
(報道部次長 玉應雅史)