「水俣病は終わっていません」。昨年9月、スイス・ジュネーブで開かれた「水銀に関する水俣条約」初の締結国会議で、胎児性水俣病患者の坂本しのぶさん(61)は、意のままにならぬ身をよじらせ、声を絞り出して訴えた。
 会議の前後には議事や坂本さんらの動向を伝える記事が連日配信されたが、紙面が限られ、ほとんど載せることができなかった。
 罪滅ぼしというのでもないが、水俣病を題材にした石牟礼道子さんの「苦(く)海(がい)浄(じょう)土(ど)」を読み返した。福島第1原発事故を経て、石牟礼さんを介して表現された水俣の苦しみは、以前より近しいものに感じられる。
 大企業頼みの地域経済が生む物言えぬ空気、補償金を巡る偏見、患者認定の線引きは住民の分断を生み、水俣病公式確認60年余の今もなお紛争が続く。
 そんなところに石牟礼さんの訃報。人となりや関係者の談話など、関連した記事は、これまた一部しか掲載かなわず。でも、一番は実際に作品を読んでもらうことだ。
 語ることもできなかった人々の声は文学の形で読み継がれ、普遍的な文明の病として伝えられるはずだ。
(整理部次長 阿久津康子)