今月初め、大きな景色を眺めたくなって山を越えた。村山市の最上川美術館・真下慶治記念館へ。この高台から望む最上川の風景が気に入っている。

 企画展開催中の展示室に入って「あれ」と思った。壁にむしろが掛けてある。よく見ると、それは油彩画で、鶴岡市出身の地主悌助(1889~1975年)の作品だった。題名はずばり「筵(むしろ)」。1枚の荒むしろが50号の画布いっぱいに描かれている。

 絵の前から動けなくなった。わらの質感を表現するために、どれほどの時間と労力と絵の具が費やされたことか。そもそも、何でこんなものを描いたのか。

 「ブリキ板」「紙」「石」なる作品もあった。それらは地主にとって、追究すべきモチーフだったに違いない。自らの信念に従い、描くべきものを描いたまでなのだ。絵が売れる売れないは念頭になかったろう。

 私の仕事は新聞作り。伝えるべきニュースを読者に届けることだ。ニュースの価値が、自分の関心の度合いと必ずしも一致するものではないと自戒している。

 新聞は、私の「作品」にはなり得ないのかな。そう思うとちょっと寂しい。
(整理部次長 野村哲郎)