会津若松市史研究会副会長の野口信一さん(69)と久しぶりに電話で話した。会津若松支局在勤中に、取材でお世話になった人だ。
 野口さんは昨年、戊辰戦争で戦死した会津藩士ら567人の遺体が、会津藩降伏直後に新政府軍の命令で埋葬されたことを示す史料が見つかったと発表した。
 それまで、長州藩などの新政府軍が埋葬を禁じ、遺体は半年間野ざらしにされたという話を会津の人々は信じていた。「長州憎し」の感情を増長させる俗説でもある。それが覆された。
 「一度埋葬された遺体を半年後、別の寺に移したことが誤解を生んだようだ」と野口さんは説明する。
 わだかまりが残る会津と長州の関係は、修復が進んでいるのか。1997年、市民劇上演を契機に、当時の会津若松市長が山口県の萩市長と握手をしたという経緯はあった。今は民間交流はあるが、まだ和解に対する根強い反対があり、行政の動きはないという。
 野口さんは「互いに言い分があるのは分かる。それを水に流し、歴史の教訓を生かして未来へ向かうことが重要」と話した。戊辰戦争150年。和解への道はまだ途上だ。
(生活文化部次長 加藤健一)