鮮やかな赤身に脂身をのせ、ショウガじょうゆで頬張る。味はもとより、栄養が体に浸透していくような充実した食感がある。「きょうはいい鯨が入ったからね」。石巻市の居酒屋。親方の声が弾んだ。
 捕鯨基地として栄えた同市鮎川地区には「1頭取れば七浦にぎわう」との言い伝えがある。金華山沖はマッコウクジラが群れなす「抹香城」と呼ばれた。1865年の記録によると、浜に乗り上げた鯨を売りさばき、集落全体で賄う1年分の上納金などを払った上、全戸に臨時収入があった。授かり物だった鯨は、後に捕鯨となって鮎川の暮らしと経済を底上げした。
 商業捕鯨が今夏、31年ぶりに再開される。政府が昨年12月に国際捕鯨委員会(IWC)脱退を決めたことに伴う。「国際ルールの軽視」という批判はあるにせよ、東日本大震災で被災した鮎川では明るい話題として受け止められた。
 商業捕鯨禁止の間、鯨食や鯨歯工芸はほそぼそと受け継がれてきた。鯨は希少品となり、鯨のない生活が当たり前になった。鯨文化の再興は郷愁だけでは果たせない。では何が。鯨と地酒を前に思いを巡らす。
(石巻総局長 今里直樹)