震災の前の年だったか。今ほど人手不足ではなかったが、若い働き手は貴重だった。まして見知らぬ地に来た外国人たちはどんな仕事ぶりなのか。それを知りたくてインドネシアの技能実習生に会いに行った。
 気仙沼のフカヒレ加工場が受け入れた20歳前後の女性3人。軟骨を除いたり水洗いしたりする。高級食材への最初の工程である。水産会社の女性常務はわが娘のように大事に育て、実習生らも信頼を置いていた。
 「どんな仕事もおろそかにできないことをここで学び、人として成長してほしい」。常務はそう言い聞かせ、働く意味を伝えた。
 国を超えた研修か安価な労働力か。重きを置く加減を誤ると、実習制度の先にある新在留資格もろとも外国人就労は立ちゆかなくなる。労働市場の持続、多文化共生の理想も吹き飛ぶ。
 震災から数日後、母国の大使館員が実習生らを迎えに来てそれきり。別れの前の夜、ろうそくの灯の下で書いた彼女らのお礼の手紙が常務の宝物になった。
 「それぞれの道をしっかり歩んでいますよ」。気仙沼での日々は生きている。 再建した同社は3年前から再び実習生を迎えた。
(論説副委員長 菊池道治)