仙台市役所3階の記者室で市予算の記事を書いているとき、その瞬間に襲われた。大型のスチール棚が倒れてくるのを食い止めるのがやっと。本棚や机からバインダーやファイルなどあらゆる物が崩れ落ち、見るも無残な光景が広がった。
 庁舎から退避するよう指示され、市政担当記者全員の無事を確認しながら市役所前の広場に移動した。信号が止まった東二番丁通は大渋滞に陥り、車は全く身動きが取れない。被災地の視界を遮るように雪が舞った光景は、今でも脳裏に焼き付いている。
 巨大地震と大津波という自然の猛威と、その被害の大きさにがくぜんとした。追い打ちを掛けるように起きた東京電力福島第1原発の事故。福島の友人は「ここは、放射能でもう駄目だ」と声を詰まらせた。
 捜索、被災状況の確認、水道やガスといったライフラインの復旧、廃棄物処理、住まい・なりわいの確保…。さまざまな段階を乗り越え、今年も「3.11」を迎えた。あれから8年。犠牲者を悼みながら考える。何ができ、何ができていないのか。常に自問自答していなければ、風化にはあらがえない。
(報道部次長 末永秀明)