人けのない住宅街を歩く。ガサッ、ゴソッ。嫌な音と気配がする。身構えながら進む。民家の庭先にいたのはイノシシだ。自分の体重は超えるだろうか。
 原発事故に伴う避難指示が解除された区域に取材で入ることが多い。車上でイノシシやサルに遭遇するのは珍しくない。が、こんな出合い頭は初めてだ。身を守るのはカメラしかない。
 にらみ合う。敵意はないようだが目はそらさない。「人間は来るな」。目の奥はそう訴えているようだ。
 宮崎駿監督のアニメ「もののけ姫」を思い起こす。その1頭の背後に、獣毛に白丸を描き人間に反旗を翻す怨霊めいた群れの存在を感じたからだ。
 原発事故で住民避難が長く続いた。ヒトとケモノの境界線が狂った。イノシシは山から下りた。人家に入り込み田畑を荒らした。営農再開を阻害し、住民の帰還意欲をそぐ。
 南相馬市に、捕獲したイノシシを焼却する施設ができた。年間1500頭を処分する。被ばく線量が高い個体もあるという。
 専用炉の今後を想像する。「亥(い)年なのに」「恨むなら東電を」。そう思って気がめいった。
(南相馬支局長 佐藤英博)