昨年末、解体するために閉鎖された青森市役所旧庁舎の記者室から古い名刺がたくさん出てきた。十数年前に定年退職した会社の先輩Aさんの名前があった。

 Aさんは青森総局が初任地のはず。机を並べた整理部時代、原子力船むつの放射線漏れや、新幹線の青森駅舎の場所選定、競輪の着順を巡る騒動など1970年代半ばの青森県のニュースの背景を話してくれた。

 心温まったのが風俗嬢にごちそうした話。「彼女たち、僕らの食事の誘いを本気にしていなかった。疑心暗鬼で待ち合わせ場所に来たらしい。約束通り僕らが居た。本当に喜んでいた」

 新人への教え方も丁寧だった。まず1本の原稿の見出しを考えさせる。しばし後に「僕はこう付けた」と模範解答を記した紙を見せる。比較して寸評。決まり文句「人のやることに大差はない。きっとできるようになる」。高校体操部での自らの経験に基づく激励だろうか。言葉に力があった。

 さて新庁舎の記者室。以前よりも手狭な上、外窓がないため息苦しくなった気がする。自分の名刺の手持ち分が残り少ないことにも気付いた。年度末、再発注するかどうか迷っている。
(青森総局長 長内直己)