郷里の町で住職をしている旧友に、東日本大震災の年以来、久々に会った。相変わらず葬儀や法事に忙しいが、まちづくりなどに関わる機会も増えたという。

 震災を機に、心のよりどころとしての寺と住職の役割が重視された。友人は、近隣の寺同士で宗派を超えて仏教会を結成。助け合って葬儀に当たったり、遺骨の保管を引き受けたりしたそうだ。

 仲間の僧侶が最近、町の旧役場庁舎の解体問題で保存を求める住民団体のリーダーになった。少し面食らったが「遺族と深く接していたからだろう」と言う。熱情を評価しながら、自らは一歩引き見守る。「全てのものは朽ち果てる。自分ができるのはただ祈ることだけ」。小坊主は立派な宗教者になったようだ。

 きょうは彼岸の入り。1年で一番過ごしやすいころだ。仙台市野草園では秋らしい空の下、ヒガンバナが赤い花を咲かせていた。「情熱」の花言葉を持つ一方、「死人花」の異名も付けられた。

 人生の秋に差し掛かり人が授かる多様な勤めを思う。野の花を眺めつつ心穏やかに来し方を振り返るのもよろしいか。