墓参の途中、きのう開館した気仙沼市の「東日本大震災遺構・伝承館」に立ち寄った。以前から被災地視察では欠かせない場所だったが、8年かけ恒久的な伝承施設に生まれ変わっていた。
 大津波で被災した気仙沼向洋高の旧校舎。漂流物など当時の惨状をそのまま展示し、ぼろぼろでも校名通り真っすぐに海を向く。それが水産系高校らしい。
 海に近かったことで、日頃の危機意識が育まれていたという。あの日、学校にいた生徒、教職員らは状況に応じた的確な行動で全員が難を逃れた。後に同校がまとめた報告に書かれている。
 しかし近辺では古くからの避難場所に集まった住民が多数亡くなった。生死を分けたのは「少しでも高く、遠くへ」という教訓。わずかな判断の差だったか。
 犠牲者の中に5歳の男児がいた。家族に思い出話を何度か聞いた。「何年たってもあの時のまま」。まさに時が止まっていることを校舎内の残骸が物語る。
 海のそばで育った海の子は、やはり向洋高を目指すかな-。言っても詮無きことだが、きょうだけはそう問うてみる。