米大リーグ、マリナーズのイチロー外野手が引退表明した時、思い出したのは満開の桜。デュエット曲がヒットした昭和の歌謡コンビの名前ではないが、「桜」と「イチロー」は、筆者の記憶の中で結び付いている。

 2000年4月22日、仙台市宮城野区の県営宮城球場であったロッテ-オリックス。オリックスの背番号51は4番打者として4打点を挙げて勝利に貢献した。

 この4日前から仙台の桜は満開。「そろそろ桜も散るころですが、僕は散らないように頑張りたい」。ヒーローインタビューでしゃれたことを言った。

 この年、プロ野球歴代2位となる打率3割8分7厘を記録した安打製造機は、翌年から米大リーグでも咲き続けた。日本のファンは、安打数や打率が日々気になり、歌人の小池光さんは<イチローが三割二分に到達し本領安堵のごときおもひす>と詠んだ。

 引退表明の翌日、地元の愛知県内で桜が開花した。平成の野球史を鮮やかに彩った侍の引き際には、やはり桜の季節が最もふさわしかった。