実用的な銀板写真の技術がフランスで生まれたのは、180年前の1839年8月。発明したルイ・ジャック・マンデ・ダゲールにちなみ「ダゲレオタイプ」と呼ばれた。

 日本に伝わったのは幕末。木箱のカメラと銀メッキを塗った金属板を使い、ちょんまげ姿の侍が写された。

 仙台市の写真の夜明けは明治になってから。1889(明治22)年の市制施行で街が近代化され、在仙の写真家も活気づく。そのころ活躍したのが、酒田市から移り住んで写真館を開いていた故白崎民治だった。仙台時代の作家島崎藤村の肖像も撮影している。

 白崎は還暦を迎えた大正の初め、写真集『仙台アルバム』を出した。仙台市の出版社が復刻し、きのう発売した写真集には、当時の洋風建築の銀行やカフェなどが克明に写されている。

 100年後によみがえるとは、本人も予想だにしなかっただろう。ページをめくるうち、「後の世に仙台の今を残したい」という写真家の本能のような思いがひしひしと伝わってきた。