グラウンドでひときわ目立つ選手がいた。金色の長髪をなびかせて走る。仙台育英高のブレンデン・ニールソン(現ニールソン武蓮伝)選手だった。

 1993年6月、青森県大鰐町で開かれた高校総体のラグビー東北大会。「外国人がいる…」。山形中央高ラグビー部だったフリーライター山川徹さん(42)=上山市出身=は、今でもその時の衝撃を鮮明に覚えている。

 驚くのも無理はない。ニールソンさんはニュージーランドからやって来た高校ラグビー初の留学生だった。流通経済大に進学。日本代表も経験し、釜石シーウェイブスで現役を終えている。

 そのラグビー人生や14歳で単身来日した苦悩などは、山川さんの『国境を越えたスクラム』(中央公論新社)に詳しい。日本で才能を開花させた一人だ。

 ラグビーのワールドカップ(W杯)日本大会がきょう開幕する。日本代表31人のうち海外出身者は15人で、4人は日本の高校卒業だ。先人が切り開いた道をどう歩んできたのか。プレーだけでなく、多様な生い立ちにも目を注ぎたい。