小説『黒い雨』で原爆の悲惨さを描いた故井伏鱒二さんは1978年、友人が原発の危険性を告発した手記に序文を寄せた。<『放射能』と書いて『無常の風』とルビを振りたいものだ>。一節を引いた▼手記は原発で働いていた一人息子が舌がんで亡くなったことをつづっている(『原発死』松本直治著)。井伏さんは被爆地広島の悲劇をダブらせたのだろう。きっと風が花を散らすように、無常が人の命を奪い去るはかなさを読み取ったに違いない▼東京電力福島第1原発事故である。この風をどう読むか。避難指示が出された2011年4月、福島県飯舘村で102歳の男性が自殺し、遺族が東電に損害賠償を求めた訴訟の判決で、福島地裁はきのう計1520万円の支払いを命じた。同種裁判ではこれで3件全て遺族側が勝訴した▼今回、因果関係6割と認めた。そもそも人の胸の内を測る物差しなどこの世にはない。ただ、原発事故が自殺にまで追い込んだという考え方は揺るがず、「じいちゃんの悔しさを自分の胸だけにしまっておいていいのか」との遺族の訴えも多くの人に届いたのではないか▼男性は自殺前夜、「ちょっと長生きしすぎたな」と漏らしたという。その心情を思うと胸を締め付けられる。歳月経てなおやまぬ無常の風である。(2018.2.21)