帝国ホテルの総料理長を務めた故村上信夫さんはパリのリッツで修業した。ある日、日本人客50人が来店し、全員からステーキを注文された。焦った。肉をどんどん切り、次々焼いた。手際よくやったと思ったら料理長に小言をもらう。「急ぐな」と▼肉の熟成具合を見極めよ、慌てて塩こしょうを振ってはいけない-。うま味成分を包むことこそ料理の極意であると知る。「『味を逃さず、閉じ込めろ』という言葉は座右の銘の一つになった」と著書に書いている▼スピードスケート女子団体追い抜きのレースである。平昌五輪の決勝で日本は前半はやる心を抑えた。個の力で勝るオランダのリードを耐えに耐えた。最終盤の「ここだ!!」という勝負どころ、一気に出て抜き去った。料理に例えるなら、口の中でうま味がじゅわっと広がるような瞬間だった▼「金」が躍る新聞を読むと、メンバーは年間300日以上を共に過ごし一緒に滑り込んだという。熟成をひたすら待ったのだろう。キジ肉は尻部分が紫色になるまで調理するな、とのフランス料理の教えにどこか重なる▼エース高木美帆選手(23)はこれで1500メートル2位、1000メートル3位を含め金、銀、銅。前の五輪落選も、他選手の持ち味を引き出しつつ自らも成長した。最高の一皿をありがとう。(2018.2.23)