「いつかきっと来るのだから、大きな地震があったら一人でも裏の赤沼山に逃げるんだよ」。紙芝居『つなみ』で、幼い「ヨッチャン」は祖父の口癖のような教えを聴く。1896(明治29)年、当時の田老村(宮古市田老)を襲った大津波を生き延びた人だった▼自作の紙芝居で「自ら命を守る」教えを40年近く語り続けた田畑ヨシさんが先月28日、93歳で逝った。1933(昭和8)年の大津波を体験。その折に祖父が、実際に一家を救った言葉も今に伝えた▼大きな地震があったのは3月3日未明。一家は住民らと赤沼山に逃れたが、揺れが収まると皆家に戻った。「もう大丈夫」と言う隣人もいた。祖父は「津波が来るかもしれないから、逃げる準備をしておけ」と注意を促し、その通りに大津波が来た▼悲劇を重ねた田老にはその後、総延長2.43キロの二重の防潮堤が築かれた。が、ヨシさんは東日本大震災の6年前、本紙に語っていた。「防潮堤があっても、おっかない津波の記憶を伝えていかないと。自分の命は自分で守らないとね」▼『つなみふたたび』。防潮堤を越えて田老を襲った大震災の大津波の後、ヨシさんが新たに作った紙芝居だ。避難先の青森市と古里を行き来しながら語り続け、数え切れぬ子どもたちが「命」の種をもらった。(2018.3.3)