「かつての常連さんは数えるほど。『地元』が消えたんだもの」。東日本大震災の被災地、気仙沼市鹿折で一昨年暮れ、津波で流された老舗酒店を再開した菅原文子さん(68)は言う。土色の工事現場が広がる近隣には公営住宅ができたが、歩く人の姿も少ない▼夫と義父母を亡くし、3人の息子らと仮設の店で再起。「負げねぇぞ気仙沼」という手作りラベルの地酒も企画した。数年は支援者の土産や注文で飛ぶように売れたが、今は半分以下に。「7年たって、気仙沼に来る人も少なくなった」▼復興庁が昨年11月に発表した被災地の復興状況報告では、売り上げが震災前の水準に回復した事業者は卸小売り・サービス業で約3割。水産加工業も同様だ。支援に後押しされた売り上げを、関心の「風化」で再び冷え込ませた業者も多い▼気仙沼では、仮設商店街の店主らが共同で「南町紫神社前商店街」を開設して5カ月目だ。「飲食店は好調だが、日中が寂しい。観光の客も少なくて」と、坂本正人事務局長は外から客を呼ぶ工夫に頭を悩ませる▼菅原さんは公営住宅の女性らに声を掛け、店でお裁縫の会を催す。通り掛かりの客と笑顔で縁を結び、遠来の注文に感謝の手紙を返す。「来年が創業100周年。それを励みに新しい商いを開拓しなくてはね」(2018.3.10)