春の七草の一つ、セリに「摘む」の動詞を付けると古い意味で「願いがかなわない」となる。故事にちなむらしい。身分の低い男が芹(せり)を食べる高貴な女性を見て恋い焦がれ、芹をせっせと摘んで誘おうとしたものの、結局は思いを遂げられなかった▼実際、その意でうたわれた古歌がある。<芹摘みし昔の人もわがことや心に物はかなはざりけむ>。何だか切なくなる。口にほおばりシャキシャキとかめば苦みが増すようである▼全国一の出荷量を誇る名取市。生産農家の小島秀太郎さん(59)は下余田地区にある30アールのセリ田に立ち、東日本大震災からの7年の歳月を語った。東隣の閖上地区は津波をかぶり、行方不明者の捜索で2週間ほど田んぼから排水できなかった。出荷組合の検査長業務も必要なくなり、「徒労の日々でまさに『芹摘む』だった」▼緑濃い野菜はいまや「希望」である。「物資不足のなかで避難所や病院に届けたら、みんな喜んだ。『セリを見るとありがたみが身に染みる』と言うんだ」と頬を緩める。さらに各地でセリ鍋の認知度も高まりつつある▼仙台市から注ぐ名取川の伏流水で育つセリ。小島さんは「山や都会とつながっている。復興も地域の垣根を越えてやっていきたい」と言った。日を浴びる田んぼで水鳥が遊んでいた。(2018.3.11)