「気づかいながら それぞれの道へ」。東日本大震災の津波で集落が流された相馬市磯部地区。出身者で卒業生となった7人を取材した『相馬高新聞』の記事だ。心の傷を抱えながら静かに支え合った先輩に「何を質問すべきか悩んだ」と同高出版局員たち。震災は終わっていないと感じた▼隣接する原発事故被災地の「飯舘村を見つめる」という連載も校内紙『わかこま』で続けた。お年寄りが多い帰還者、除染土袋の山、再開しない商業施設の様子を目に焼き付け、それでも「村に帰りたい」という79歳の女性の寂しさを市内の仮設住宅で聴いた▼「震災、原発事故は本年度のテーマでした」とデスク役の武内義明教諭(60)。局員は小学3、4年で体験し、7年前の怖さを記憶する。県外に避難したり、被災地から転校してきたり。ただ、互いに触れることはなかったという▼「校内の原発事故」と向き合ったのは、埋設された校舎周辺の除染土が撤去される作業を目にした時。スポーツ大会や文化祭と同じニュースとして書いた。「身の回りでたくさんのことが起きていたと学んだ」と2年の原亜実さん(17)▼4月から定員割れで学級が減る。震災後8年目となった被災地の人口減の表れだ。「部活動がどうなるか。私たちの視点で取材していきたい」(2018.3.12)