山形県の出羽三山には「死と再生」の精神文化が息づく。その一つの湯殿山への参詣はかつて、沢登りでご神体の巨岩を目指した。人々は沢沿いの岩、洞窟、滝などの自然物を神仏に見立て、尊命を付けた。総称して御沢仏(おさわぶつ)と呼ぶ▼ご神体は御沢仏としては「御秘密八大金剛童子」などの呼び名で拝まれた。尊命は湯殿山信仰の経文「湯殿山法楽」で唱える名称とおおむね一致し、「愛染明王」「胎内権現」といった独特の名が連なる▼もともと御沢仏は自然物そのものだった。明治時代になると仏像が登場した。神仏分離令の影響が湯殿山に関わる仏教寺院に及んだことなどが、仏像の造像と関係しているようだ▼御沢仏はこれまで山形県内と新潟県北部の計3カ所のお寺やお堂で確認されていた。いずれも湯殿山から比較的近い。そうした中にあって、秋田県北の能代市の湯殿山龍泉寺の仏像群も御沢仏であることが先ごろ分かった▼秋田県は湯殿山信仰の講や碑が東北や北陸の他県より少ないとされる。御沢仏に詳しい木製彫刻文化財保存修復研究所(名古屋市)の岡田靖代表理事は「能代での御沢仏の確認は驚き」と言う。出羽三山に宿る精神性が明治以降どう受け継がれてきたのかの一断面を、秋田で見つかった御沢仏は物語るのかもしれない。(2018.11.19)