気仙沼市の斎藤迅(じん)さん(22)は高校卒業後、東京で溶接の仕事に就いた。だが、自動車整備士の夢を諦め切れない。地元に戻り、宮城県気仙沼高等技術専門校へ入学した。「道具の使い方など、経験豊かな先生から助言をもらえる。日々、新しい楽しみがある」。資格取得へ努力を重ね、大手ディーラーに就職が決まった▼斎藤さんの再出発に寄り添った同校は、1962年創立。一時は廃止の危機に陥ったが、市民の反対で存続した。そこへ震災。直後から変化があった▼自動車整備、オフィスビジネスとも新入生が定員15に届かず、翌年はともに8人。「すぐ働いて家計を助けないと」と被災家庭で入学辞退者も出た。その後、5人枠の溶接科も含め定員割れが続く。現在校生は18~40歳の30人。学校は学生の確保に懸命だ▼「気仙沼で就職したい人が一人でもいたら後押ししたい」と白鳥成英校長(54)。即戦力として地元に就職する人だけでなく、自動車整備士の中には転勤で帰郷する人も。斎藤さんのような若者の受け皿にもなる。就職の「復興特需」もいずれ終わる。仙台から離れた地で、手に職を付ける場の存在は小さくない▼「学校がなくなれば、気仙沼経済へ深刻な影響が出る」と校長。これまでの卒業生は3700人超。今後も灯を守る。(2018.11.25)