知られざる神秘的な磨崖仏群が南相馬市にある。福島第1原発事故の避難指示がおととし解除された、小高区の泉沢集落の山あい。「大悲山(だいひさん)の石仏」と呼ばれ、平安時代に造立された薬師、阿弥陀、観音の三尊が大勢の参拝客を集めた▼「どうです、大きいでしょう」。境内の阿弥陀堂の奥に広がる岩窟で、地元の石井光明さん(71)が言った。照明に浮かんだのは、高さ5メートル余りの仏6体。風化で顔の表情は消えているが、往時の鮮やかな朱色が衣に残る。東北で最大の磨崖仏だ▼46戸の住民が代々受け継ぐ大悲山三尊保存会の会長。第1原発の作業員として長年働き、家族とのんびり暮らすはずだった。だが、退職後の2011年3月の事故で集落の仲間は離散し、石井さんは「せめて仏の山を荒らすまい」と市内の借り上げ住宅から草刈りに通った▼先の見えぬ避難生活の希望になったのは、翌年、再び訪れ始めた参拝客の姿だった。団体バスも来るようになり、「原発事故に負けず、信仰は生きていた」と石井さんを感激させた▼今、泉沢には仲間の大半が帰還し、草刈りはにぎやか。稲作を再開した農家もおり、毎年2月、境内の樹齢千年の大杉に巻くしめ縄作りのわらが早くも準備された。「大悲山が集落の絆をよみがえらせてくれた」と喜ぶ。(2018.12.6)